昨今はSDGsやDE&Iなどの社会貢献活動について、世の中に発信する企業が増えてきました。社会的機運の高まりを受け、自社も何か発信すべきかと、悩む企業は多いかもしれません。
「キリンビール公式note」(現KIRIN公式note)の立ち上げに携わり、コンテンツ企画・コミュニケーション戦略を担う平山高敏氏。「そもそも社内に『伝えたいこと』がないなら、発信はしないほうがいい」と強調します。発信したい熱意があるからコンテンツを形にでき、メディアが続いていく。企業が発信を始めるときに、欠かすことのできない意識があります。

平山高敏(ひらやま・たかとし)
キリンホールディングス
コーポレートコミュニケーション部
2005年、新卒でWeb制作会社に入社。昭文社の旅行ガイド『ことりっぷ』のWebプロデューサーを経て、2018年にキリンホールディングス入社。note公式アカウント、オウンドメディア「KIRINto」の運営、インハウスエディターの育成も担当する。宣伝会議「自社メディアやnote、メルマガ等で発信する企業の担当者のためのコラムライティング基礎講座」講師を務める。日本アドバタイザーズ協会デジタルマーケティング研究機構 第10回Webグランプリ「Web人大賞」受賞。
社内からのニーズでメディアの役割が広がる

企業の情報発信の目的は、世の中の反響や共感を得ることだと理解している方は多いと思います。しかし、同時に意識すべきなのは、社内から「このメディアに掲載してほしい」というニーズを引き出し続けることの重要性です。
社員の方々から必要がないと思われてしまったら、メディアは閉じるしかありません。コンテンツを更新できなければ 企業の顔として発信する意味がないからです。情報発信を始めるなら、社内から「この場所に情報を出したい」と思ってもらえるような運営をすることが大切です。
キリンのnoteでは、「ブランドを語る」「未来を語る」「働くを語る」など、さまざまなカテゴリで発信しています。それぞれのコンテンツは、ブランディングの補強やマーケティング、採用など、さまざまな役割を果たしています。社内からは、メディアとしてよりも、その役割に期待して、毎日のように記事の掲載について相談があります。
各部署の担当者と企画について話し合うときは、メディア担当者として、社会的な視点からヒアリングを行います。一般的に、営業担当者が世の中を見る時は、マーケティング的手法から発想することが多いかもしれません。一方、メディアの担当者は、世の中の潮流や機運を捉えながら物事を紐解きます。ヒアリングでは、両者の接点を探すようにコミュニケーションを取ります。
対話を通して、ブランド価値の再確認や再認知につながることも少なくありません。社内の方にとって発見や気づきがあるコミュニケーションを心がけることで、他のチームからも「平山に聞けば何か発見があるかもよ」という評判が広がり、さまざまな部署から依頼や相談をいただくようになりました。
メディアの役割には幅広い可能性がありますが、どこまで広がりを持たせるかを、はじめから想定する必要はありません。立ち上げた後に社内からニーズが出てくる可能性は十分にあります。
キリンの公式noteを始めた当初の目的は、「商品の裏側のストーリーを伝える」というマーケティングの補完と「企業としての志向を伝える」ことによる企業ブランドへの寄与の2点だけでした。しかし、いまは関連部署のKPIにnoteのコンテンツが組み込まれるほど、多方面からの依頼を受けるようになっています。
社内からのニーズが集まり、メディア発信に一定の成果が見える一方で、ビジネス的な効果は一概に測れないかもしれません。コンバージョンなどの数字で測定できるものに関しては厳密に確認すべきですが、企業ブランディングへの効果など、測定が難しい場合もあります。こうすべきというルールがないので、社内で納得できる指標を設置しておくことが大切だと思います。
例えば、お客様がキリンのオウンドメディアを見て、「この取り組みいいな」と誰かにシェアしてくれたとします。これが「だからキリンが好きなんだ」という気持ちから生まれる行動だと定義すれば、コンテンツにおけるXのリーチ数や発話量で成果を測定するのも一つの選択肢になるでしょう。
会社のキャラクターがメディアの「世界観」になる

メディアにはそれぞれ「世界観」があります。雑誌やテレビ・ラジオなどでは、編集長がメディアの顔になっていたり、メディア自体がキャラクタライズされていたりする場合があります。その世界観が、メディアのポリシーとして自然に継承されている場合も多いでしょう。
しかし、一般企業がメディアの世界観をどこまで精緻に作るかは、簡単に決められない部分があります。会社全体で定めようとすると、人事やマーケティング、コーポレートなど、社内のさまざまな部門との調整が必要になります。このような場合は往々にして当たり障りのない結果になりがちです。世界観が特徴のない、つまらないものになってしまう。設定が無難だと、コンテンツはどんなものも当てはまるように感じられ、「何でもあり」になる危険性があります。
一方で、細かく決めすぎると、設定にこだわり過ぎる可能性もあります。メディアは社会に向けて情報発信する以上、その世界観は世の中を投影するものです。社会が変われば、メディアの姿も変わる。世界観を決め切ってしまう必要はありません。変化の余地を残しつつ、「こんなメディアなんだ」と感じ取ってもらえるよう発信を積み重ねる。同時に社内には、「こういう風に切り取ってくれるんだ」と、期待してもらうことが大切です。
メディアの世界観を表現し、維持していくには、「発信が合致しているか」「統一感があるか」に注意します。発信にばらつきが生じないようにするには、すべてのコンテンツをチェックする編集長のような、キーマンがいるといいですね。メディアを管理している人が認識されているほうが社内からのオーダーもかかりやすく、コンテンツの相談もしやすいでしょう。
現在、キリンでは「だからキリンが好きなんだ」というスローガンでオウンドメディアを運営しています。ブランドのオーセンティシティ(信頼性)を真摯に伝えて、お客様それぞれに「だから好き」と思ってもらいたい。「キリンが好きな理由」を持ち帰ってもらうことがコンセプトです。
メディアを立ち上げる前にはさまざまな従業員の話を聞きました。そこで感じたのは、キリンのバリューである「熱意・誠意・多様性」を反映し、誠実さや真面目さが会社全体のキャラクターになっていることです。ポジティブにもネガティブにも取れる人柄のようなものですね。真面目すぎるとも言えるキリンのキャラクターは、ユニークな要素かもしれない。これが、キリンのメディアの世界観につながっています。
情報発信の媒体はテキストや動画、音声など、いくつかの種類があります。テキストは5年、10年と、アーカイブが残るものです。一方で動画の場合は流行があるので、幅広い人々に向けて発信するのに有効です。それぞれの特性に応じて、「どの媒体で自分たちの想いや世界観を伝えるか」という視点と、「そのメディアにお客様をどのように連れて行くか」を考えて設計しています。
キリンには長い歴史や真面目なキャラクターがあります。発信するなら、テキストコンテンツが「らしさ」を表現するのに合っていると思いました。ただし、長文テキストはなかなか気軽に読んでもらえないので、メディアにつなぐ導線として動画や音声で発信するなどの工夫をしています。
複数メディアを運営する場合は、それぞれの役割や足りないところを整理し、「重複していないか」「お互いにどう補完できるか」を検討することも必要です。例えば、インスタグラムとnoteで同じ内容を発信しているとしたら、どちらかだけの運営でもいいかもしれません。もしそれぞれの発信を生かすなら、インスタグラムでしかできないこと、noteでしかできないことを考えることが大切です。
一人ひとりのナラティブからコンテンツが生まれる

コンテンツを作るときは、社内の「ナラティブ」、つまり、その人ならではの物語を聞いていきます。商品ブランドについて語る場合、ターゲット層や売上見込、競合などの話になりがちです。企業としてのビジネスの話ではなく、「どうしてこの商品を作ろうと思ったのか」という個人のナラティブを引き出していきます。
ナラティブをコンテンツに落とし込むときには、世の中の関心のどこにフィットするのかを考えます。キリンの多くの商品はマスプロダクトなので、ターゲットが「30代女性」「健康に気をつけている方」など、幅広くなりやすい。しかし、個人の物語であるナラティブが響くのは、もっと小さい単位、N=1(特定の1人)に近くなっていきます。いまの社会にあるN=1を紐解いて、そこに届けようとするイメージでコンテンツを考えます。
反対に、社会的関心からコンテンツを企画することもあります。例えば、noteで「仕事のギフト学」という、退職者のセカンドキャリアについて伺うインタビュー記事を掲載しています。人生100年時代と言われている現代では、「いつまで働き続けるのか」「退職した後のキャリアはどうすべきか」に対する高い関心があります。「ギフト」は、キリンで得た学びのこと。キリンを退職された方が、その経験をセカンドキャリアでどのように活かし、社会に渡していく(ギフトする)かを発信しています。
私たちのコンテンツは、社員の話でもしっかり取材をして制作します。オーダーが来たら打ち合わせを1時間程度行い、企画を作ります。制作会社にも協力してもらい、構成案を作り、やり取りを重ねて取材に臨みます。全体で3ヶ月はかかりますね。
noteで生茶のリブランドを目的とした企画を考えたときは、販売開始当時の開発者の方に話を聞きに行きました。生茶の発売は2000年です。20年以上前の話を聞きに行くとなると、担当者は大ベテランなのでなかなかハードルが高いですが、メディアの企画としてなら依頼しやすい利点もあります。
「何を発信したらいい?」への答え

講演などで企業発信についてお話する際に、よくご質問いただくのは「何を発信したらいいか」ということです。メディアを始めたいと思っても、そもそもコンテンツのイメージがつかない場合もあるでしょう。しかし、正直なところ、「伝えたいこと」がないのであれば、発信する必要はありません。
企業発信は常にリスクと隣合わせです。自分たちが何を発信すべきかの軸が明確にないなら、発信しないほうが得策です。「伝えたいこと」がない場合、単にバズらせることが発信の目的になってしまうかもしれません。人の目を集めるために作るコンテンツは、大味で繊細さを欠くものになりやすい。それは、誰かを傷つけるかもしれない危険性を孕んでいます。
発信に対する熱がないと、メディアが続かないリスクにもつながります。たまたま流行っているからと作るコンテンツは、お客様視点が不在で、反応が得られないかもしれない。反響がなかったコンテンツの制作は続けられず、メディアが閑散とし、企業として好ましくない状態になってしまう可能性があります。
キリンでオウンドメディアを始めたのは、私がキリンに転職し、クラフト事業やCSV(社会との共有価値の創造)の取り組みに感銘を受けたことがきっかけです。「これが世の中に出ていないのはもったいない。もっと多くの方に知ってほしい」という思いで動き出しました。
2010年代後半からのSDGsの取り組みに代表されるように、企業が社会的な役割や責任を開示しなければならないという機運が高まっています。お客様というより世の中に対して、「何か」を発信する必要があると感じている企業は多いでしょう。この「発信しなければいけない」という意識のことを私は「発信シンドローム」と呼んでいます。
社会的な機運と、「伝えたい」という熱意のどちらが先行しても問題ありませんが、双方が合致してはじめて、自社で発信する理由が見えるのではないかと思います。「自分たちの商品をもっと知ってほしい」「この情報を発信することでお客様の暮らしがより良くなるかもしれない」と、熱意の方向はさまざまにあると思いますが、発信したいという「熱源」があるかが重要です。
他社の発信を見て、自社でもこういう発信をしよう、という出発点もあるでしょう。ただし、発信しようと考えたときに、伝えきれていないものがあるか、続けられる熱源があるかを、社内でしっかり精査すべきです。そのうえで本当に必要だと思えたら、それが発信を始めるタイミングだと思います。
取材・編集:久保木勇耶、文:成田路子(以上、クロスメディア・パブリッシング)
The post 発信者に欠かせない熱源。「伝えたい」想いがコンテンツになる first appeared on STORY AGE.